大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和41年(行コ)132号 判決

大阪市東住吉区西今川町三丁目五八番地

原告

正田信治

右訴訟代理人弁護士

香川公一

東中光雄

東垣内清

太田隆徳

片山善夫

大錦義昭

荒木宏

右訴訟復代理人弁護士

鈴木康隆

永岡昇司

大阪市東住吉区中野町一三三番地

被告

東住吉税務署長

佐竹三千雄

右指定代理人

藤浦照生

東本洋一

福島三郎

安岡喜三

河本省三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、申立

1  原告

「被告が原告に対し昭和四〇年九月一四日付でした昭和三九年分所得税の更正処分および過少申告加算税賦課処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

2  被告

主文同旨の判決を求める。

二、主張

1  請求原因

(一)  原告は袋物製造業を営む者であるが、昭和三九年分所得税につき総所得金額を金六二三、七〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は昭和四〇年九月一四日原告に対し総所得金額を金九四六、八一二円とする更正処分および過少申告加算税賦課処分をした。そこで原告は被告に対し異議申立をしたところ、被告は右処分を一部取消し、総所得金額を金九四〇、八一二円、加算税額を金二、五五〇円とする決定をした。原告はさらに大阪国税局長に対し審査請求をしたが、これは棄却された。

(二)  被告の右更正および加算税賦課処分はつぎの事由により違法であるから、その取消を求める。

(1) 原告は東住吉商工会の会員であるが、被告の本件処分は右商工会の組織破壊、弾圧を目的としてなされたいわゆる他事考慮にもとづく処分であり、従来の課税手続慣行を無視し、商工会の会員を差別して取扱つたもので、違法である。

(2) 被告の部下職員は、更正処分の前提としての調査にあたり、原告に対し包括的に帳簿書類一切の提示を要求しただけで、個別的具体的な質問もせず、適切かつ合理的な所得の認定手続を履践しないで、根拠資料もなく恣意的に本件更正処分をするに至つたものであり、したがつて被告は本訴においても更正の根拠を全く開示することができないのである。このような処分は憲法一三条、三一条を基礎とする適正な課税手続の保障の理念に反し、違法である。

(3) 原告の所得金額は被告の更正額九四〇、八一二円を下回る。これは、被告の更正処分が原告方の住込従業員の食費を雇入費に含めていないことだけですでに明らかである。原告方の昭和三九年中の住込従業員は、一月から一一月までは四名、一二月は三名であり、その食費は一人あたり一か月金四、〇〇〇円として年間合計金一八八、〇〇〇円となり、これが経費として控除されるべきである。原告は本訴において原告の所得額の確定を求めているのではなくて、原告の所得が原処分における被告の認定額を下回ることの消極的確認を求めているにすぎないのであり、裁判所は原告の要求を超えて積極的に原告の所得額を認定すべきではない。原処分時における被告の認定と異なる限度で原処分は当然に取消されるべきである。

2  請求原因に対する被告の答弁

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)(1)のうち、原告が東住吉商工会の会員であることは認め、その余の事実は否認する。

(三)  同(二)(2)の事実は否認する。

(四)  原告の所得金額の明細はつぎのとおりである。

(1) 総収入金額

売上金額 一四、二七八、八一〇円

(2) 必要経費

売上原価 八、二六二、一二六円

公租公課 二二、七四〇円

運賃 八〇、〇〇〇円

光熱費 一八、〇〇〇円

電話料 三六、〇〇〇円

接待交際費 二四〇、〇〇〇円

修繕費 二四、〇〇〇円

消耗品費 三五七、六二三円

福利厚生費 三〇、〇〇〇円

旅費 一〇〇、〇〇〇円

雑費 三七、四四〇円

売上割引 一五二、八三〇円

雇人費 八七〇、〇〇〇円

減価償却費 二二、七三八円

地代 四、二〇〇円

外注工賃 二、八九七、〇八五円

計 一三、一五四、七八二円

(3) 事業専従者控除額 八六、三〇〇円

(4) 事業所得金額((1)から(2)(3)を控除) 一、〇三七、七二八円

なお、右(2)のうちの雇人費は、宗重保雄(給与月額一八、〇〇〇円、賞与夏一か月分、冬二か月分)、西川久美子(給与月額一四、〇〇〇円、賞与右に同じ)、山川泰一(給与月額一〇、〇〇〇円、賞与右に同じ)、中田某(給与月額二〇、〇〇〇円、賞与夏一か月分、一一月に退職)に支払つたものであり、右四名中住込みは宗重のみで、同人の給与月額は食費を合算した額である。

三、証拠

1  原告

(一)  証人水本惣二、銭谷明、正田スミヱの各証言、原告本人尋問の結果を援用する。

(二)  乙第二ないし第六号証の成立は不知、その余の乙号各証の成立は認める。

2  被告

(一)  乙第一号証の一、二、第二ないし第六号証、第七号証の一、二、第八ないし第一一号証を提出する。

(二)  証人久保孔男、城口健治、平野有、玉置二三郎、竹見富夫の各証言を援用する。

理由

一、請求原因(一)の事実(処分の経過)は当事者間に争いがない。

二、原告は本件処分がいわゆる他事考慮にもとづく差別的取扱であると主張するが、そのような事実を認めるに足る証拠がない。

三、つぎに原告は更正手続の違法を主張する。

証人水本惣二の証言および原告本人尋問の結果によれば、東住吉税務署の所得税係として所得税の調査事務を担当していた水本惣二は、原告の所得税調査のため昭和四〇年七月頃原告方を二回訪れたが、第一回目は原告不在のため目的を果たさず、第二回目には原告に面接して帳簿書類の閲覧を求めたところ、得意先への売上伝票のみが提示されたので、これのメモをとり、なお特別経費についても質問をし、その後取引銀行や得意先の反面調査なども行ない、被告はこれらの調査結果にもとづき本件更正処分をするに至つたことが認められ、これが適正な手続を経ず恣意的になされたとする原告の非難はあたらない。原告は、被告が本訴において更正の根拠を示さないことをもつて更正がほしいままになされたことの証左であるとするが、更正の手続が適法であるというためには、それが右に認定したような何らかの調査にもとづいて行なわれたものであることが明らかにされれば足り、訴訟において更正の根拠が示されないからといつて、更正が根拠なしになされたものだということはできない。

四、進んで原告の所得額について判断する。

1  原告は、原告の所得が原処分における被告の認定額を下回ることの消極的確認を求めているにすぎないから、それを超えて裁判所が積極的に原告の所得額を認定することは許されないと主張する。その趣旨は必ずしも明確でないのであるが、要するに、所得もしくはそれを構成する収入、経費につき、原処分における認定とは無関係に、処分後に収集された資料により裁判上新たにこれを認定することを非とするにあるものと解される。しかし、課税処分取消訴訟において審判の対象となるのは当該課税処分の当否(処分要件事実の存否)であり、所得税の更正処分につきその実体的処分要件である課税標準(所得)が争点となつている場合には、被告は更正処分時に把握していた所得に限らず、当時は看過していてその後に収集した資料から認識した所得であつても、時機におくれたものでない限り、随時これを提出することができ、裁判所は原処分の認定いかんにかかわりなく所得を認定して原処分の結論と対比し、その当否を判断すべきものと解するのが相当であり、これに反する原告の見解は採用することができない。

2  被告が主張する原告の収入、経費の細目(被告の答弁(四)(1)(2)(3))について、原告はそのうち雇人費を除き明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

3  雇人費について、原告は、被告主張額八七〇、〇〇〇円(これ自体は明らかに争わない)のほかに住込従業員の食費一八八、〇〇〇円を加算すべきであると主張する。成立に争いのない乙第八ないし第一一号証、証人正田スミヱの証言によれば、昭和三九年当時の原告方の従業員は、宗重保雄、西川久美子、山川泰一、中田某の四名で、そのうち宗重、山川、中田が住込み、西川が通いであつたことが認められる(右乙第九号証によれば、原告の世帯に住民登録をしていたのは宗重だけで、山川、中田の両名はこれをしていなかつたことが明らかであるが、このことは必ずしも右のように住込みを認定する妨げとなるものでない)が、証人城口健治、水本惣二の各証言および弁論の全趣旨によると、右金八七〇、〇〇〇円は各従業員の食費分を含んだ額であると認められ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しがたい。

4  そうすると、原告の事業所得の金額は、被告主張のとおり金一、〇三七、七二八円となり、更正額を上回る。

五、以上によれば、被告の本件処分には何らの違法もなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下出義明 裁判官 藤井正雄 裁判官 石井彦寿)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例